今からおよそ1800年前、景行天皇の時代に、
上毛野国造が天穂日命を祀った磯部明神が起源です。
のち、桐生家が代々の守護神として崇敬し、
観応年間(1350頃)に京都北野天満宮の分霊をを合祀して、桐生天満宮となりました。
天正9年(1581)に徳川家康が東征の際、徳川家累代祈願所となり、
鳥居前に「桐生新町」が造られ、日本で最初の丁割りに基づく桐生の街並みが整えられました。
慶長五年(1600)、関ヶ原合戦の際には軍旗に用いる絹織物を社殿に献上して戦勝祈願を行い、
その勝利凱旋を吉例として境内に織物市が開設され、後の桐生織物繁栄の礎となりました。
 
権現作り(本殿・幣殿・拝殿が上から見ると「エ」の字の形につながる建物様式)の社殿です。
本殿・幣殿は岩の上に建っているそうで、「岩の上の天神」と昔から呼ばれているみたいです。
寛政11年(1799)、町田主膳栄信によって造営されました。

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