松平親忠(ちかただ:1431~1501年8月10日)
 
應仁元年(1467)8月23日井田野の合戦の亡霊が騒ぐのを鎮めようと念仏堂を建て、
7日7夜の別時念仏会をしたあと敵味方の区別なく千人塚を建てました。
その後、文明2年(1470)、伊賀八幡宮を建立、
文明7年(1475)には愚底上人を開山として大樹寺を建立しました。
 
※当時の話は、現在残っている物語と研究者の推論でしかありません。
※本によってはまちまちな事が書かれているので、このお話も楽しむ程度で読んでくださいね(^^;

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