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昭和20年1月13日未明、三河湾を震源とするマグニチュード7.1(注)の地震が発生し、
愛知県の三河湾沿いの地域に甚大な被害をもたらしました。
震源の深さは、約10kmと浅く、いわゆる直下型地震でした。
この周辺の震度は6とされていますが、
断層上での震度は7に達していたところもあったと推定されています。
この地震の災害状況は、
約1ヶ月前の熊野灘を震央とする東南海地震(昭和19年12月7日)と同様に、
戦時下の情報統制により極秘扱いとされました。
被害は、蒲郡・幡豆・西尾・安城・幸田を中心に、死者2,306名、住居の全半壊23,776戸でした。
このうち、蒲郡の死者は、形原町・西浦町に集中し、237名にのぼりました(注)。
地震発生時刻が、あいにく真冬の未明時であり、ほとんどの人が熟睡していたので、
激しい家屋の倒壊によって就寝中に圧死した人が多かったそうです。
この地震は、「三河地震」と呼ばれ、地震時に地表変異を伴う2本の断層線が現れました。
この断層線はそれぞれ深溝(ふこうず)断層と横須賀断層と呼ばれています。
宗徳寺本堂裏側の雑木林内には、
三河地震によって生じた地割れが市指定の天然記念物として保存され、
左側の階段を登ると見ることが出来ます。
 
(注)三河地震のマグニチュード及び被害の数値は、
「愛知県防災会議地震部会・報告書(昭和53年2月)」によります。
なお「日本の地震断層パラメーターハンドブック 佐藤良輔他共著 鹿島出版会(平成元年)」によれば
マグニチュード6.8だそうです。
ちなみに、平成7年に発生した阪神大震災のマグニチュードは7.2です。

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