松平清康(きよやす:1511~1535年12月5日)
 
13歳のときに家督を継ぎ、卓越した才能で14歳の頃には山中城を攻め落としました。
その後10年余りで東三河も占領し、三河国統一を成し遂げます。
当時明大寺にあった岡崎城を、今の位置に移したのは清康です。
また、大樹寺の多宝塔も清康が建立したものです。
しかし、家臣によって25歳という若さで暗殺されてしまいます。これを「森山(守山)崩れ」といいます。
もし、暗殺されていなかったら、天下も取ったであろうといわれていたそうです。
ちなみに、この時暗殺に使われた刀は村正という名前の刀、
後の広忠殺害も「村正」が使われたそうです。その後も様々なことに村正は使われ、
「妖刀村正」と、徳川家から嫌悪されます。
なお、この刀が作られたのは三重は伊勢、かなり多く使われていた刀だったそうです。
 
※当時の話は、現在残っている物語と研究者の推論でしかありません。
※本によってはまちまちな事が書かれているので、このお話も楽しむ程度で読んでくださいね(^^;

コメントを残す