最終更新日:2019年09月30日
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家康公遺言碑

岡崎城の前に置かれている、家康の遺言の碑です。

わが命旦夕(たんせき)に迫るといへども、将軍斯(か)くおはしませば、天下のこと心安し、
されども将軍の政道その理にかなわず、億兆の民艱難(かんなん)することもあらんには、たれにても其の任に変らるべし、
天下は一人の天下に非ず、天下は天下の天下なり、たとへ他人天下の政務をとりたりとも四悔安穏にして万人その仁恵を蒙らばもとより、家康が本意にしていささかも、うらみに思ふことなし

元和2(1616)年4月17日 家康公甍75歳於駿府城
大樹寺57世 宏天 謹書

私の命はそろそろ尽きてしまうのだが、将軍が、ちゃんとしていれば、私は安心して死ねる。
もし、将軍の政道がその理にかなわず、民衆が苦労していることがあったら、他の人に変わってもらうべきである、たとえ、政権が他家に移ったとしても、民衆が幸せならば、それが私の本意であり、恨みに思うことはない。

と書かれています。
ちなみに、元和2年4月17日は、家康の亡くなった日ですから、遺書みたいにあらかじめ書いたものではなく、本当に最後の言葉だったのでしょう。


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