岡崎公園の「舟着き場跡」は、実はウソだった!!

私も、ずーっと信じていたのですが…
岡崎公園の、お城の南側、乙川堤防のところに、「昔の舟着き場」という看板が立っていますが…、
そして、こんな写真を、アップしようと思っていたのですが…w。
昔の船着き場 M3230160M3230163

昨日、「岡崎城の南端(乙川沿い)に、400メートルの長さの石垣を発見!!」なんていうニュースがやっていたので、一般公開の説明会に行ってきました。

そしたら…上の写真の「出っ張り」の写真の場所…、
一見、地表から2メートルくらいの高さにあるので、「舟着き場」に見えるのですが…
(AZUも、昔は、あの高さまで水が来ていたんだ、なんて思っていましたが…)
実は…さらに下の部分にも石組みが続き…最大5メートルの高さの「石垣」の一部、さらに、この「出っ張り」は、「横矢枡形(よこやますがた)」という、石垣を登ってくる敵を、横から鉄砲で打ち落とすための防備だ、ということが分かりました。
(横矢枡形が、石垣に3つも作られているのは、他のお城ではとても考えられないことだそうです。)

実は、横矢枡形 S1320045

さらに、話を聞くと、岡崎城は、と~っても、立派なお城だったことも分かりました。
現在は市街地になっていますが、「城内」は、東西1.5キロメートル、南北に1.2キロメートルの広さがあったこと…。
(このお城の大きさは50万石級に匹敵するとか。ちなみに、普通のお城は、大きくてもせいぜい、500mくらいとか…)
そして、江戸城でも土になっている、お城の外堀が、石垣で出来ていること。
(この、乙川沿いの石垣は、徳川家光の頃に作られたらしいのですが、家康の生まれた岡崎城を立派に見せるために、この石垣を作ったみたいです。)
そして、「横矢枡形」の走りであること、また、お城北側の空堀も、日本一なものらしく…。

岡崎城って、とっても、自慢できる、お城みたいなんです(^o^)/

あ、そうそう…
今回発見された長さ400メートル、高さ5メートルの石垣は、総工費”10億円”に相当するみたいです。
(徳川埋蔵金を見つけたことに匹敵しますよ!!)

400mの石垣♪

高さ5mの石垣(掘り起こされた部分) 高さ5mの石垣(掘り起こされた部分)
今回掘り起こされた、石垣の根元部分
(「箱尺」の長さからすると、高さ4.5mなのですが、下部に土砂が流れ込み、少し埋まってしまったみたいです。)

なお、この石垣跡…。
また、埋められてしまうらしいのですが…。
(出来れば、見学できるように保存してほしいですよね♪)

 

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