岡崎城天守閣復興60周年記念として、「清海堀」を探索する催しが開かれています。
「清海堀」は、岡崎城天守閣の北側にある空堀で、西郷弾正左衛門頼嗣(またの名前を清海入道)が、室町時代(1455年あたり)に作った堀という言い伝えがあるので、「清海入道」の名を取って、「清海堀」と名前が付けられています。

2019年11月に、この清海堀を探索する催しが開かれています。
(11月の土日の午前10時から午後3時まで、探検料200円。あと探検できるのが、23日、24日、30日のみで、雨天中止。)

岡崎城の真裏の、お堀にかかる「廊下橋」が、堀への入口です。ここで拝観料200円を払って、ヘルメットと軍手をしていよいよ、清海堀に降ります。

個人的には、清海堀にかかるアーチ状の橋、「廊下橋」も気になっていた…というか、好きな場所!なので、普段は立ち入り禁止の廊下橋にも上がれたことで、テンションが上がりましたw

清海堀は、本丸側が土塁、反対側が石垣になっています。土塁は、元々の岡崎城の堀の形、石垣側は、堀をV字型から箱型へ作り直したため急斜面になり、崩落の危険性があったので石垣化をされたのだと思われます。なお、清海堀がカーブしているのは、中世的な堀の特徴と言われ続けていましたが、近年、この曲がりくねった導線に関しては、天正12年(1584)ごろの、豊臣秀吉との戦いに向けて岡崎城を強化するために、家康が考えた可能性が高くなってきました。本丸へのルートを曲げることによって、侵入者に連続したターンを強いること、あとは、本丸から横やりを浴びさせることが出来るようにしたのだと考えられています。

カテゴリー: 岡崎公園岡崎市

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