最終更新日:2019年10月11日
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本多平八郎忠勝公銅像

本多平八郎忠勝は、天文17年(1548年)、本多忠高の長男として、三河国額田郡蔵前(現在の愛知県岡崎市西蔵前町)で生まれました。
幼少のころから徳川家康に仕え、「蜻蛉切」という槍を使って戦に出たのですが、生涯57回にも及んだ戦いの中で、かすり傷一つ負わずに武功を挙げたので、「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」と呼ばれるほどの武将でした。慶長14年に家督を息子の忠政に譲り隠居をし、慶長15年(1610)10月18日に桑名で亡くなりました。


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